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2005年9月25日 (日)

農業問題全国連絡会視察研修会

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   月ケ谷温泉の川向かいの桜、毎年春秋の2回咲きます。

 上勝町の彩(いろどり)と言えば、農業や過疎地の問題に興味のある方ならご存じでしょう。彩という名は知らなくても、料理のつまものとして紅葉や南天の葉などを商品化していると言えば聞いたことがあると思います。
 昨日は、その彩の仕掛け人であり、現在(株)いろどりの副社長をされている横石知二さんのお話を伺うことができました。全国の料亭などに痛風になるほど通ったという横石さんが、いわば山のどこにでもある葉や実を商品として出荷するシステムを作り、年間320種を扱い、販売額2億円の産業にまで育てたお話は仕事は違っても参考になることがたくさんありました。
 さらに、実際に作業をしているところを見学させていただけるということで、80歳の菖蒲さんのお宅へ。作業の手を休めてパソコンを立ち上げると「昨日の出荷分は38600円」とにこっ。目の前の柿の葉をみんなに見せて「これが一枚25円」とにこっ。なるほど、いろどり御殿も建つはずです。
 このいろどりに携わっているのは殆どが高齢の女性です。「元気な人をデイケアに連れて行くのが福祉でない」と言う横石さんの言葉には説得力がありました。 
 

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2005年9月23日 (金)

後藤田正晴元副総理死去

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   毎日新聞(2005年9月22日)

 19日夜、後藤田元副総理が91歳で亡くなられました。各紙には徳島県の出身ということで多くの方々の追悼の言葉が掲載されています。
 不思議なことに、毎日新聞からは私に取材がありました。立場を異にする人に聞いてみたかったのでということでした。「最晩年のイラク、靖国などへの評論は私たちと近いものがありました。衆議院選で自民党が圧勝し、11月には自民党の憲法改正案が正式に発表されようとする状況下、大きな押さえの役割を果たしておられた方がいなくなったことは大変残念です。」と答えさせていただきました。心からご冥福をお祈りいたします。
 

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2005年9月19日 (月)

ととろの里でのお月見

 吉野川市美郷の東山郵便局から4kmほど山道を登り杉林を抜けた所に、ととろの里・どんぐり家があります。古い民家を改装して、完全予約制で営業している手打ちそばと季節料理のお店です。山菜、鮎、猪や鹿などの料理はもちろん、客の顔を見てから打ち始める手打ちそばもお奨めです。
 そのどんぐり家で仲秋の名月を見ようとのお誘いを受けて行ってきました。琴と三味線の生演奏を聞きながら(その写真を撮るのを忘れました)、美味しいお弁当を食べ、澄んだ空気の中で美しい月を見てきました。

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   庭でくつろぐ奥田さん姉弟、かずらの籠が秘境ムードを高めているでしょう

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  縁側でにっこり井上さん、生家を思い出したそうです

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 おまけです、蟇(ガマ)の赤ちゃんが飛び出してきました。


 


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2005年9月18日 (日)

ミニ同窓会

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 昨夜は、城東高校時代のミニ同窓会にお誘いいただきました。高校を卒業して33年、普通ならみんな変わらずとかお互いに年をとっていてという表現をするのでしょうが、実は同級生と言っても10クラスもあったので言葉を交わしたことのない人が殆どでした。にもかかわらず、本当に楽しいひとときを過ごさせていただきました。
 「高開千代子は知っていたが、同級生だとは知らなかった」という人も多く、運動の足りなさを反省しています。

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2005年9月16日 (金)

ご来訪お待ちしています

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 ブログを始めて一ヶ月少し経ちました。タイトルどおりの「ちょこちょこ」記入ですが、ご来訪者も増えて、お褒めの言葉などいただくと気分を良くしている昨今です。なかなか写真がうまく撮れないのですが、温かい目で見守ってください。
 事務所も引っ越して4ヶ月少し。こちらもお客様がずいぶん増えました。旧国道に面しているので、しばらくは騒音と揺れに驚きましたが、交通量の多いところで宣伝効果は抜群です。写真は事務所前でのものです。
 どうぞ事務所にもホームページにもどんどんお越しいただき、ご意見をお寄せください。
 

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2005年9月14日 (水)

鉄建公団訴訟9.15判決

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       問題提起をする中野勇人さん

 1987年4月、国鉄がJR7社に分割・民営化され、一人も路頭に迷わせないとの国会答弁にもかかわらず1047人が解雇されました。その大半を占める国労組合員は闘争団を結成し「解雇撤回・JR復帰」を求めて18年間闘い続けています。国労の動揺など多くの困難を経ながら、いよいよ明日、鉄建公団訴訟の判決を迎えます。
 昨夜は、「鉄建公団訴訟9.15勝利判決を勝ち取る徳島連帯集会」が徳島市で開催され、2年前から北海道北見より池田町に常駐しオルグ活動を続けている中野勇人さんから「分割民営化の経過と闘い」の報告を受けました。
 今朝は、昨夜事務所に泊まった中野さんを空港まで送っていきましたが、いつもと変わらぬ淡々とした姿でした。
 国鉄闘争について、また今年3月に高知から東京まで1047kmを走り闘いをアピールした中野さんの記録は下記サイトに詳しく掲載されています。是非ご覧ください。

1047名の不当解雇撤回、国鉄闘争に勝利する共闘会議
http://www.h4.dion.ne.jp/~tomonigo/

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2005年9月13日 (火)

日本はどこへ向かう?

 選挙も終わり「月曜の声」も今週から再開です。昨日は、朝、事務所で選挙結果を受けてのビラを作成し、刷りたてのを徳島駅前で配布しました。タイトルは「自民圧勝、日本はどこへ向かう?」としました。
 昨日今日と、会う人毎、電話の度に「大変なことになったな」が挨拶代わりとなっています。20歳代の女性からは「まんまと騙されてしまいましたね。みんな疲れているんでしょうか、目先のことでしかものを考えられなくなっている、そこを狙った小泉節はうまくいってしまいました」とメールをいただきました。
 ドイツのビュッヘンバルド収容所跡を訪問した時、一番印象に残ったのは「ヒットラーが政権を握って滅びるまでわずか12年でした」という説明です。このわずかの間に、ユダヤ人やシンティ・ロマなどの大量殺戮を行っても反対の声すら出ない体制を作り上げ、しかも壊滅したのです。
 ヒットラーも最初から独裁者ではなく選挙で選ばれたことを忘れてはならないと思います。
 

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2005年9月11日 (日)

9月11日

 昨年6月10日に大江健三郎、小田実、澤地久枝、三木睦子さんら9人が思想・信条・立場などの違いを超え、九条改憲を許さないという一点で集まろうと立ち上げた「九条の会」は、その後、全国各地・各領域で「○○・九条の会」として全国各地に広がっています。徳島でも昨年12月に「藍住九条の会」が誕生後、少しずつ増え、先月も「徳島 映画・演劇・音楽愛好者9条の会」(8月6日のノートで報告しています)が発足しています。
 そして、今日は11月3日の「九条の会徳島」結成に向けての世話人会がありました。
 おりしも9.11、忘れることのできないアメリカでの「同時多発テロ」から4年を迎えました。今なお、世界は憎しみの連鎖です。その後、アメリカが報復を唱えて開始したアフガニスタン戦争、イラク戦争は泥沼化し、決して武力では平和は訪れないことがより明らかになっています。「武力による威嚇又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と書いた日本国憲法九条の正しさが証明されています。
 また、今日は衆議院選挙の投票日。9月11日という日が日本にとっても大きな歴史の転換点になりそうです。
 ブログ「たかがい千代子ちょこちょこ日誌」も見てください。

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9月11日

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    大田正前知事たちによるパネルディスカッション

 昨年6月10日に大江健三郎、小田実、澤地久枝、三木睦子さんら9人が思想・信条・立場などの違いを超え、九条改憲を許さないという一点で集まろうと立ち上げた「九条の会」は、その後、全国各地・各領域で「○○・九条の会」として全国各地に広がっています。徳島でも昨年12月に「藍住九条の会」が誕生後、少しずつ増え、先月も「徳島 映画・演劇・音楽愛好者9条の会」(8月6日のノートで報告しています)が発足しています。
 そして、今日は11月3日の「九条の会徳島」結成に向けての世話人会がありました。
 おりしも9.11、忘れることのできないアメリカでの「同時多発テロ」から4年を迎えました。今なお、世界は憎しみの連鎖です。その後、アメリカが報復を唱えて開始したアフガニスタン戦争、イラク戦争は泥沼化し、決して武力では平和は訪れないことがより明らかになっています。「武力による威嚇又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と書いた日本国憲法九条の正しさが証明されています。
 また、今日は衆議院選挙の投票日。9月11日という日が日本にとっても大きな歴史の転換点になりそうです。

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2005年9月 7日 (水)

いのちを大切にする政治を!

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 衆議院選挙も早終盤となってきました。兵庫1区に無所属で立候補した原和美さん(新社会党兵庫県本部委員長)の応援に行ってきました。
 昨日早朝、高速バスで神戸まで行く予定にしていましたが、何と台風14号の影響でJRまでストップ。一度はお詫びの電話を入れたものの、ニュースを見ていた夫(たまたま休みでした)から「バスは止まったが橋は渡れる。車なら行けるので淡路まで送ってあげる」と有り難い言葉。どうせ帰れないだろうからと泊まりの準備をして出発。洲本で高速バスに乗り換えてほぼ予定通りに到着。
 ウグイス、スポット演説のお手伝いをし、今朝は7時からの「朝立ち」にも同行。スポット演説の箇所数の多いこと、スケジュールに従い分刻みで選挙カーを運行すること、高層団地の前での夜の演説にたくさんの方がベランダに出てタオルや懐中電灯をぐるぐる回してくれたことなど驚いたことは一杯ありますが、何より候補者原和美さんの必死で語りかけ、握手のために走る姿には、本当に頭が下がりました。
 「後悔したくないから」とさらっと言ってのける原さんに、応援に行ったはずなのに逆に元気をもらって帰りました。

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2005年9月 5日 (月)

全日本港湾労働組合

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       全港湾徳島支部長尾委員長

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         書記の佐藤さん

 先月27日、全日本港湾労働組合(略称・全港湾)四国地方本部第31回定期大会にお招きいただきました。30年間の闘いを振り返るたくさんの方のご挨拶に多くのことを学ばせていただきました。
 全港湾は、港湾、トラック、倉庫、関連企業などに働く仲間が集まった海陸一貫輸送をになう産業別労働組合で、本当の「闘う労働組合」です。組合員の雇用や労働条件を守るために全力をあげるのはもちろん、平和運動に対してもいつもその先頭に立っています。
 平和運動の根底には、太平洋戦争時に軍人以上の比率で船員・港湾労働者が戦没していることがあるそうです。有事体制に反対する航空労働者の方が航空機は平和が前提で飛んでいると言われていましたが、海にせよ空にせよ、いつ、どこから攻撃されるかもわからないというのでは航行できないのはあたりまえです。
 写真は、今日、「週刊新社会」の配達に行った時の書記局風景です。

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2005年9月 3日 (土)

ベアテさんとの写真

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 映画「ベアテの贈りもの」上映と監督藤原智子さんの講演に行ってきました。映画は、なぜベアテ・シロタ・ゴードンという22歳の女性が日本国憲法草案作成に関わることになるかを説明するため、リストの再来といわれた父レオ・シロタが山田耕筰に招聘されベアテ5歳の時に来日したところから描いています。そして、ベアテが14条と24条の原型を書いた状況、最後に彼女が書いた女性の人権と男女平等の条文を戦後の女性たちがどう生かしてきたか戦後女性史を追う形となっています。
 ベアテさんは映画の最後で「日本国憲法は歴史の叡智の結晶」だと述べ、藤原さんは「軍隊でなく憲法を輸出しよう」と語りました。
 写真は、2000年6月のニューヨークの世界女性会議のおり、ベアテ・シロタ・ゴードンさんが講師をされたワークショップでの一こまです。少しぼやけていますが、ベアテさんの横で正面を向いているのが私です。

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2005年9月 1日 (木)

ベアテの贈りもの

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     JR徳島駅前で黒松正代さんと山野明美さん

 1945年、日本は太平洋戦争に負け、1947年5月3日に新しい憲法が施行されました。
 当時22歳のアメリカ人女性ベアテ・シロタ・ゴードンさんが憲法草案委員の一人として、「男女平等」を書き込んだのは多くの方が知るところです。5歳から日本で育った彼女は、「赤ん坊を背負った女性、男性の後をうつむき加減に歩く女性、親の決めた相手と渋々お見合いをさせられる娘さんの姿が、次々と浮かんで消えた。子供が生まれないというだけで離婚される日本女性。『女子供』(おんなこども)とまとめて呼ばれ、子供と成人男子との中間の存在でしかない日本女性。これを何とかしなければいけない。女性の権利をはっきり掲げなければならない」(1945年のクリスマス)と考え、24条(個人の尊厳と男女の平等)を起草したと述べています。
 そのベアテさんに焦点を当てたドキュメンタリー映画「ベアテの贈りもの」の上映とこの映画の監督藤原智子さんの講演が、9月3日13時~16時徳島県郷土文化会館ホールで行われます。徳島県協働推進モデル創出事業として、(社)国際女性教育振興会徳島県支部が受託団体として実施するものです。
 憲法改正の動きの中でこの24条も危機にさらされている今、是非、一人でも多くの皆さんにご参加いただきたいと思い、今朝は国女振の皆さんの徳島駅前でのチラシ配りにご一緒させていただきました。

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