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2007年6月26日 (火)

徳島大空襲を語るつどい余話

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 7月4日の「第10回徳島大空襲を語るつどい」の語りべを募集したところ、今年は大変な反響でとても全員の方にお話いただけないことになってしまいました。お元気そうな方(?)には来年の予約とさせていただきましたが、今話しておかなければという方が急増しているのを実感します。
 今日は、当日は来られないけれど亡きお父さんが警防団長として空襲後の徳島市の救援にあたったという記録があるのでという方のお宅にお話を伺いに行ってきました。北島町の三木安平さん(82歳)のお父さん覚太郎さんが残された資料の中にそれがありました。
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 北島町役場の前に防空壕があり、「その上へ上がって大勢の人々が徳島市上空を眺めてあしこも焼けた。ここも亦あちらもといった具合に面白そうに笑い顔で大声あげ花火見物に来た様な調子で見ていたので私はその際団長の責任に於いて君達は面白そうに騒いでいるが我々の同僚が悲惨な目にあっているのを見て嬉しき見方をするのは間違っている。静かに見ることだと注意した時一同おさまった。」という記述や被災者への食べ物・水を市内に運んだ話など興味深く拝見しました。
 大事な資料をお借りしてきたので、コピーして当日には参加者の皆さんにも配布する予定です。
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 また、お父様の公職の辞令などを納めておられるファイルには大変珍しい物もあり興味深く見せていただきましたが、元郵政職員の私は戦時国債の感謝状がとくに面白くて写させていただきました。


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