日タイ戦争
1941年12月8日にこだわって八の日行動を26年も続けておりながら、この真珠湾攻撃の日に日本軍がマレーシア、タイへ上陸したことは今年の夏まで全く知りませんでした。この時、日本はタイとは中立条約を結んでいたのですが、戦闘で日タイ双方に多くの犠牲者を出しています。その調査をしている高嶋伸欣琉球大学教授が来県され、昨日は案内役を務めました。
そのタイへ上陸したのが徳島県人を中心に組織された歩兵第143連隊だったのです。眉山山頂のパゴダ修復に高校の同級生である藤田善史さんが関わっていることから、143連隊のビルマでの惨劇は知ってはいましたが、タイへ、しかも太平洋戦争開戦の日に上陸したとは思いもかけませんでした。
その143連隊の一員だった喜田弘さんに、当時のことを伺いました。高嶋先生は今年6月にすでに別の2人の方から聞き取りをされていましたが、新たな証言もありました。
その後、県政記者室で記者会見を行いこの間の説明とともに証言してくださる方に名乗り出て欲しいとの訴えを行いました。
6時から徳島地区労定期大会で挨拶させていただき、7時からは高嶋先生たちとの交流会でいっぱいいっぱいお話を聞かせていただきました。
今日は、県教組の教育研究集会。日本の戦争責任資料センター事務局長の上杉聰さんの講演と、
高嶋先生の特別報告がありました。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
最近のコメント