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2018年7月 8日 (日)

雲ひとつなき夏空や敵機無し

Dsc08162
1945年7月4日、徳島市が米軍機による爆撃を受け、約1000人の命が奪われました。その徳島大空襲の体験に耳を傾け、平和への思いを固めあう「徳島大空襲を語るつどい」が今年で21回を数え、同日の徳島新聞社説では「戦争を繰り返してはならないという主催者や語り部の熱意には、頭が下がる」と紹介されました。今年の語り部は空襲当時に10歳であった橋本保子さん。

佐古の自宅が空襲に遭い、母と兄、幼い弟2人と鮎喰川の土手まで逃げ、大きな樹の下で布団をかぶりうずくまって焼夷弾が落ちてきませんようにと祈った。体が弱くて徴兵されなかった父は防火要員として現場に残っていたのでずいぶん心配したが、1時間も経ったころ自転車で駆けてきて「もうあかんわ」と言った。今もその父の声は耳に残っている。佐古に帰ると焼け野が原となっておりものすごい熱気が襲ってきた。住んでいた長屋は焼け落ち、黒焦げになった麦飯が入った釜と母が愛用していたミシンの鉄の部分だけが残っていた。
橋本さんの自作「雲ひとつなき夏空や敵機無し」ではB29が飛ばない平和な空を見上げる思い、8月15日に敗戦を知ってうれしくて飛び上がったという体験は「やすらかな眠りのありて終戦日」に込められていると感じました。

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